障害者自立支援法の基本合意の実現をめざす福岡の会結成
市民感覚が正しいかどうかは分からない
小沢氏の献金問題で検察審査会が「起訴相当」としたことを市民感覚があると持ち上げていますが、裁判員裁判でも似たような話がありますが、どうでしょうか。
小沢氏の件ではジャーナリスト大谷昭宏さんの話「有罪視は慎むべきだ」(西日本新聞)というのが最も説得力があるように思えた。
「『政治家は秘書に任せていた』 と言えば済むのか」というような市民感覚に基づく厳しい判断が示されており、民意を反映したという意味で評価できる。不起訴不当ではなく起訴相当という極めて強い議決で、民主党や小沢一郎幹事長には大打撃となるだろう。ただし、市民感覚がオールマイティーであるかのようにとらえない方がいい。確たる証拠があるわけではなく、議決をもって小沢氏を有罪視するのは、メディアも市民も慎むべきだ。一つ間違えれば、検察審査会が新たな冤罪(えんざい)を生むことにもなりかねない。」
そして、昨日は時効廃止が即日施行されました。これも冤罪の要因が増えるのではないかと心配されています。さらに、厚生労働省局長の郵便関係裁判で共犯とされた人に無罪判決が出ました。この局長は障害者自立支援法施行に当時関わっていたところから、障害者自立支援法をしながら、こんなことをしていたとはいう批判がなされました。どんな事件であっても、判決が確定するまでは「推定無罪」の原則があるはずです。人権感覚が市民の中で崩れていっているように思います。それは、例えば、検察庁の家宅捜査で並んで入っているところをテレビが必ず映しますが、これは、メディアに検察庁が事前に連絡するそうです。そうして、検察=正義という構図が作られ、無罪かもしれない人が有罪かのように伝えられます。それは、人権感覚の衰えであり、いつのまにか、自分にもふりかかってくることになるように思います。
患者様とは何か
いつ頃からか「患者さん」が「患者様」と呼ぶところが増えてきた。
西日本新聞の医療面の田川氏のコラムによると
「「患者さま」という呼称が使われるようになったのは1990年代の後半という。そういえば介護保険の導入(2000年)に先だって、当時老人病院と呼ばれていた療養病床の経営者は「これから老人ホームなどの介護施設と同じ土俵でパイを奪い合うことになる。患者は“お客さま”でありサービスが勝負だ」と言って競うように患者さまと呼び始めた。福岡県の老人病院有志が「縛らぬ医療」を打ち出したのも同じ時期で、ある看護師が「患者さまと呼びかけながらベッドに縛りつけることはできないでしょうから、違和感のある言葉だけどいいんじゃないかしら」と言ったのを覚えている。」
介護保険導入時に、病院もまた「患者様」を囲い込み、自らの施設に誘導しようとした。その名残なのでしょう。「慇懃無礼」だと切り捨てられません。医療と介護の世界に「市場原理主義」が導入された象徴的な出来事だったのかもしれません。
在宅ホスピス ボランティアの役割
3月21日に「在宅ホスピスフォーラム」というのが福岡市であり参加しました。それに関連した記事が西日本新聞に掲載されました。「在宅ホスピス ボランティアの役割 「そばにいること」の大切さ 福岡で養成講座 3年で260人修了」というものです。
「行政が後押しするのは「住み慣れた家で死にたい」と望む人が多いにもかかわらず、福岡県では家で亡くなる人が全死者の11・3%と全国で2番目に少ないためだ(04年の人口動態調査)。地域住民が助け合うことで在宅での看取りを充実させたいという狙いがある。」これは驚きでした。医療機関が多いからだという説明がありましたが、それだけではないように思いました。「 「在宅ホスピスボランティア」として活動している。フォーラムでは、修了生がつくった伏せる人が家にいても、買い物に出かけたり散髪に行ったりと、家族が日常の暮らしができるよう患者のそばにいる。」のだという。
「元木さんは養成講座の1期生。08年11月から週に一度、にのさかクリニック(早良区、二ノ坂保喜院長)の訪問診療に同行している。エプロン姿。「ボランティアの元木です」が玄関でのあいさつだ。医療者ではないし、人の家に上がるのは患者や家族の理解あってこそ。医療者の一歩後ろに立って、看護師に血圧計や体温計を手渡したり、患者さんの布団を直したり。ほほ笑みながら見守っている。 「ああずいぶんよくなられたな、ご家族の表情も明るくなったな、と見るのはうれしいですね」 半日ただついて回るだけですか?失礼な問いには、こう返ってきた。 「ただついて回る」のは、患者や家族にボランティアという存在を知ってもらうため。そうすれば家族に困りごとがあるとき、二ノ坂医師たち医療者が「ボランティアの元木さんに来てもらったら」と提案しやすい。」
「核家族化で家族が細っている。年を重ねて友人との交流も少なくなっている。そんな世の中に、私のことを気に掛けてそばにいてくれる人がいる?。その存在は命尽きんとする苦しみや大事な人をなくしてしまう孤独にも、ともにいることができるのかもしれない。」
意外と難しいかもしれないし、やれるかもしれないとも思いましたが、どうでしょうか。
介護職めざす高校生
朝日新聞で福岡県立で唯一の「社会福祉科」のある久留米筑水高校の紹介をしていますが、その最後に次のように述べています。
「離職率2 割「待遇改善を」
重労働で賃金は低く、離職率は2 割に迫る。そうした問題が取り上げられ、介護職を志す人が減っている。福祉科は2007度の受験者志願率が1 ・00 倍になり、合格者が初めて定員を割った。翌年度から少し持ち直したが、国の介護報酬改定(3 %アップ)実施後の10 年度も1.20倍にとどまった。進路指導主事の上村正朗教諭によると、介護職の求
人は多く、就職に困ることはない。しかし、「賃金面で厳しく、初任給は手当込みで月15 万円程度。年数を重ねてもあまり上がらない。やりがいがあっても、将来設計が描けずに辞めていく卒業生は少なくない」と話す。
和合瞳さん(15)は親から、「介護は勧めない]と諭された。介護職をするおばも「大変だしお金もあまり入らないよ」と言うが「人の役に立つ仕事がしたい」という気持ちは変わらなかった。井上広子さん(15 )も親から、進学校から大学へというコースを勧められた。 「きつい仕事だよ」と言われたが、この道を選んだ。中学時代の職場体験で、施設のお年寄りが笑顔で言ってくれた「ありがとう]が忘れられない。 福祉系高校の「全国福祉高等学校長会]の調査統計部は昨年度、卒業生の進路を調べた。165 校が回答し、久留米筑水高校と同じ「介護福祉士国家試験受験校」を見ると、05 ?08年度卒業生で介護関係に就職した8308 人のうち、離職者は1298 人を数えた。05年度423 人、06年度529 人と、就職3 年目を超えると急激に増える。
この調査で待遇面での意見を募ったところ、「労働量に見合う賃金のバランスが悪すぎる。条件が良ければ介護職を続けたい者は多い」「家族を養えない状況では転職するしかない」「安心して働ける職種になるよう国が保障を」「意欲をもって働く若者たちがサポートして」といった声が相次いだ。」
ここで、ひとつ注目して欲しいのは、経験を重ねても賃金が上がりません。なぜなら、毎年の補助金は変わりません。毎年昇給すれば破綻するからです。障がい者福祉分野ではそれを補填する仕組みがありましたが、障害者自立支援法導入時に廃止されました。介護保険でも同様です。これが小泉改革でした。沢山の国民が拍手しましたが。
保険料が高い
パフォーマンスですか厚生労働省
人間の意志の強さを感じます
アフガンで中村哲氏が今も活動していますが、2008年伊藤さんは殺害されました。写真展などに行きましたが、金銭的には何もできません。それでも長い水路が完成しています。
「伊藤さん基金でアフガンの学校に宿舎建設
2008年にアフガニスタンで殺害された非政府組織(NGO )「ペシャワール会」(福岡市)の農業支援スタッフ伊藤和也さん= 当時(31 )= の両親が23日、静岡市で記者会見し、伊藤さんの遺志を継ぐため設立した基金から1800 万円を、同国東部にあるマドラサ(イスラム神学校)の寄宿舎の建設費用に充てると表明した。宿舎は鉄筋平屋建てで、既に工事が始まっている。定員は男子200 人。孤児や遠隔地の子どもが入居するという。来年3 月に完成予定で、敷地内には伊藤さんの名を記した石碑を建てる。)(西日本新聞)
ここには、親の気持ちが生きています。最近、ペシャワール会や中村哲氏を支援するために、澤地久枝さんと中村氏の対談が岩波書店から刊行されました。『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る
』今回の基金も同じ強い志を感じます。
人は愛するに足り、真心は信ずるに足る――アフガンとの約束
(2010/02/25)
澤地 久枝中村 哲
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あわれだったかどうかは分からない
人の運命は様々なような気がします。理屈では説明できません。新聞の投書です。投書からいろいろと教えられます。
「非凡な先輩の死に悲哀痛感
10 歳ほど年上の先輩がいた。県庁の部長にまで昇進した。20 代で係長に抜てきされた。容姿際立って優れ、若いのに切れ者だと後々までの語り草になった。私が県庁に入ったとき、彼はすでに課長だった。彼の配下に入った。後輩への面倒見も良かった。知事の退任と同時に恩義に応え彼も部長で退職した。それから彼の苦難の道が始まった。退職して間もなく、病気で長男を失った。子どもの死が彼の気力を奪い病臥の身になった。その重病が長年続いた。見舞いに行っても息も絶え絶えで会話どころではなかった。排せつも風呂も奥さんや介護ケアのなすままだった。先日ひっそりと息を引き取った。死は哀れだった。栄枯盛衰に人間の運命を痛感する。」(西日本新聞)
ここには介護されるのは「哀れ」という考えがあります。見る人によってはそうかもしれませんが、多くの人たちが介護されるようになります。「老残」というのも似たような意味なのでしょうか。老残をさらすのが年寄りの役割だと私は思います。「若いですね」と言われるのが良いという人もあるかもしれませんが、そういう無駄なことはしたくありません。あるがままに生きて、老いて、朽ちていく。周りの人が「哀れ」という権利はないと思うのですが、言いすぎでしょうか。
































